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東日本大震災 現地からのレポート
先日 福島の高校の先生が送ってくださったメールです
現地を見ながら現況を伝えてくださいました
この先生に寄せられる情報から
私達も直接現地へ支援させていただきました
省略しながらですが 載せてみます
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地震から、明日で一ヶ月が経ちます。。

まず先々週2日(土)に、相馬、新地、宮城県山元町に行って、
津波の後の様子を見て愕然としてきました。。
クラスの教え子が二人亡くなりましたが、
相馬市磯部の子で、その子らの実家があったとこまで行こうと思ったけど
…ガススタンドも海砂に埋まってたり、
テトラポッドや防波堤のコンクリートが壊れて阻まれて、
歩いても行けなかったよ
そこから北に向かって、松川浦や相馬港、新地、山元町は、
磯部とはまた違って、家屋の破壊された材木の山でした。。

テレビによく出ていた新地駅と
横倒しになっていた電車の側には歩いて行けました。
高校の部員が地震直後から避難してる皆さんの世話をしている
新地役場のすぐ後ろまで津波の破壊の後が来てて、
よくもこんな場所で、自分も被災者なのに、
小さい子供達と離れて、働き続けてるなと思いました。
世話をして、家に帰る頃には、
数少ない商品しか置いてない、しかも開店してるお店も少なく、
そのお店も閉店してしまうから、自分らは買い物もできず、
ガソリンも入れるのに並べもせずにいたのだよ(/_\)
土曜に行った時は、納豆、豆腐、牛乳、野菜、衣類を持って行ったけど、
3週間経ってたのに“納豆みたの久しぶりだよ〜”と言ってたし、
“津波にのまれた時に、握ってた奥さんの手を水の中で離してしまって、
その奥さんはまだ見つかってない同僚の人が、
家ものまれてしまったから衣類を喜んでました。”というのを聞くと、
なんだか、どう言っていいのかわからなくなります。。
5日(火)は、また、新地のその子らに野菜と豆腐とお肉を持って行きました。

女川町の、旅館の玄関、


女川の合宿の港があったはずの場所…地盤が1嘆爾ったらしく、建物の間のアスファルトの道路が海になってたよ


そのすぐ横の建物、


女川町総合運動場に自衛隊のテントが敷き詰められてる様子


その高台の運動場から下の女川町内が見渡せる場所から見た谷あいの住宅がすべて瓦礫になってる様子。


女川町の津波の最高到達は35辰世辰燭修Δ世

石巻と女川町は被害の規模が大きかった。。

連絡をとっていく中で、これまでの教え子の中には、
S高校のクラスの教え子が二人、K高校の部員が一人、
津波にのまれて亡くなったことがわかりました。
まだ連絡のとれない子もいますが、
きっと“先生無事でしたよ〜先生は大丈夫でしたか〜!?”
とみんなと同じように連絡をくれることと思っています

海沿いの教え子の分も、生き残れた家族の皆さんやクラスの子、
部員、被災した人たちに、出来ることを見つけて、
これからもして行きたいと思います

まずこれから、出来ることは、
だんだん復興作業が進んでいって、有り難い反面、
テレビの災害に関する放送時間も減っていき、通常番組が増えてきました。
うちらの生活も4号線を中心に戻りつつあります。

その“元の生活に早く戻れるように”は、心から願うことなんだけど、
まだまだ浜通りや海岸沿いの地域ではそれが叶わずに、
瓦礫を片付けるのに精一杯だったり、
まだ連絡とれない人を、瓦礫の板に服を引っかけながら
ヘドロにどろどろになりながら探していたり、
トイレの水を節約しながら汲んでいたり、
もらった水を沸かしてお互い分けあったり、
夜中寒い中津波警報が解除になるまで外で待っていたりという状態があり、3.11の日とあまり変わらない日常もあります。。

さらには、そんな状態が自分に続いてる中でも、
ご遺体が見つかれば、ご飯を炊いて、おにぎりを作って、
火葬に行けたひとたちにそのおにぎりを、
どうぞ食べて下さいと出してくれます。

自分らの方が、大変な状態なのに、、


これから出来ることは“まだ続いていること”を、
わかっていることと思います。

そしたら、これからは、みんなで同じことをではなくて、
自分だからそのひとにしてあげれることが見つかって、
それぞれに出来ることを、それぞれに必要なひとたちに
してあげれると思います。

私、今回、強く思います。
私ひとりでは、集めることも、届けることも、
実際行動に移すことも、思っただけで、ちっともできなかったって。。

私の中だけで思ってたときに、
“服持って行きますね〜!”
“こうしたいんですけど、どうしたらいいですかね〜!?”
“こうしておきました〜!”
“これはこう思うんですけど〜!”
“なんかあったらなんでも言って下さいね〜!”
と、一緒に考えて、背中押してくれた皆さんのおかげで、
私が行動に移せたのです

県外のみんなから見たら、うちらも被災者で、
もちろん私がいろんなお願いしたひとたちも地震で生活不自由になったり、まだまだ小さい怖がってる子供支えたり、
仕事上震災の影響でより激務になった子ばかりです。
部員の子も家を離れて避難しました。
教え子には、目に見えることしてくれた子も、
できなかったともどかしく思ってる子も、
私にしたら、無事で、命あってくれただけで、支えだったし、
安心だったし、エネルギーだったし、
私を動かしてくれたことを、
自分にやれたことだったと是非知ってもらいたいと思っています

これまで連絡を取り合う中で、
皆さんのお知り合いの方々の中にも被災され、誰かを亡くし、
でも踏ん張っている方々の話をたくさん聞きます。
これからは、そのような知り得る身近な被害を受けたひとたちに、
“まだ続いていることを忘れないで、それぞれに出来ることを見つけて、
連絡とってみたり、話聞いてあげたり、
"ひとりじゃないって思ってもらう作戦”と
"自分のことをしっかりやる作戦”を
生徒や教え子にはお願いしました

私からも、情報送るから、これまでのように助けて下さい
よろしくお願いします


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